父が息を引き取ったのは、静かな雨が降る夜でした。病院のベッドで眠るように穏やかな顔になった父を前に、私は深い悲しみの中にありながらも、どこか現実感のない、不思議な気持ちでいました。通夜、そして告別式と、喪主として慌ただしく時間が過ぎていく中で、私は父とゆっくり向き合うことができずにいました。私にとって、本当の別れの言葉を交わす瞬間が訪れたのは、火葬場でのことでした。すべての儀式が終わり、最後のお別れのために、家族だけが小さな部屋に通されたのです。棺の蓋が開けられ、そこに横たわる父の顔は、生前の厳しい表情ではなく、すべての重荷から解放されたかのように安らかでした。母と妹が静かに泣き崩れる中、私は父の額にそっと手を触れました。冷たく、硬い感触が、父がもうこの世にはいないのだという、紛れもない事実を私の胸に突き刺しました。その時、私の口から自然とこぼれ落ちた言葉がありました。「親父、ありがとう。お疲れ様」。それは、格好つけた言葉でも、誰かに聞かせるための言葉でもありませんでした。子供の頃、厳格でいつも怖い存在だった父。反発ばかりしていた思春期。社会人になり、初めて父の偉大さと苦労を知った日。そして、病に倒れてからは、日に日に弱っていく姿を見守ることしかできなかった無力感。様々な思い出が走馬灯のように駆け巡り、そのすべての感情が「ありがとう」と「お疲れ様」という、たった二つの言葉に集約されていきました。もっと話したいことは山ほどあったはずです。謝りたいことも、自慢したいこともありました。しかし、あの最後の瞬間、私と父との間には、その二言だけで十分でした。その言葉を口にした時、私の頬を、涙が静かに伝っていくのを感じました。それは、後悔の涙ではなく、父の息子として生きてこられたことへの、感謝の涙だったように思います。言葉は、時として無力です。しかし、心から絞り出した言葉は、たとえ短くとも、故人との絆を永遠のものにする力を持っているのだと、私は信じています。
私が父にかけた最後の別れの言葉